光が潜むところ

 自分ではよくわかっているのですが、凝ったつもりの文章ほどつまらないものはない。最近の自分のブログを読むとよくわかる。アクセス数もそこんところはとても正直で、ここんとこ読んでいる人はいないんじゃないのっていう感じ。まぁしょうがないか。

 でもさぁ、何もないところからこれだけの事をムリヤリ書いているんだぞ、ということを褒めて欲しいという気持ちはどっかに巣食っていて、こうやって時々自己主張をしたくなったりするのですが、「じゃ、書かなくてもいいんじゃない」という返し言葉が恐くて声を大きくして言えないでいます。情けないですねぇ。

 文章ってさぁ、「人」の良し悪し(?)が如実に出るよねぇ。おいらって性格が捻じ曲がっているからなぁ。曲がり過ぎてしまって実は元にもどったように錯覚してるんだよなぁ。今さら素直な性格になりたいなんて、無理だと思うし恥かしくって決して言えないけど、よくもまぁこの「ペンギンブックカフェ」を7年もやっているよなと、そこんところは自分を褒めてもいいかなぁ。
 なぁーんてね。ここ数日の自分のブログを読み返してみて感じたのでした。

『残される者たちへ』小路幸也(小学館文庫)再読
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――デザイン事務所を経営する川方準一のもとに、方野葉小学校同窓会の通知が届いた。廃校になった方野葉小学校は、方野葉団地の敷地内にあった。その会場で、準一は幹事の押田明人に声をかけられる。親しげに話しかける彼のことを、しかし準一は何も思い出せない。他のクラスメイトのことは覚えているのに…。幼なじみで精神科医の藤間未香によると、方野葉団地の女子中学生が、やはり記憶のねじれを実感しているという。準一は記憶の改ざんが悪意ではなく、善意によって行われることもあることを知る。他者を傷つけるより他者の痛みを気遣おうとする人々を描いた。団地の記憶の物語。(この紹介文、うまいですよね)
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 いつのまにか始まった何回目かの「“小路幸也”さんの作品を読み直してみよう」状態が止まらなくなってしまった。

 今さら感想を書いたところで同じようなことの繰り返しになってしまうので、ただ一言「面白いよぉ」とだけ言っておこう。あっもう一言、「読まないと損するよ」。あぁもう一言、「これを最初に読んだ時、確か夢でうなされたんだった」。まぁそれだけ感動したってこと(あぁもっと言いたくなってきた)。

 次に読む本はもう決まってるんだ。誰も期待していないでしょうが、しばらくお付き合い下さいませ。

(今日のお疲れ度)
 仕事で考えられないチョンボ発覚。どうやって言い逃れてやろうか。

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この記事へのコメント

りわ
2013年11月26日 21:01
初めまして。
ペンギン店長さんに触発されて、小路幸也さんの作品を読み始めた者です。いつもこのブログを見て、読みたい本を見つけて、バーッとメモをして図書館に行っております。

少し前から、読書レビューのようなものを書きたいと意気込んでいるのですが、機械にとても疎いので先ずは慣れることから始めようと思っています。

このコメントをするのも、これでいいのかなと手探り状態です。
自己満足のコメントで申し訳ありません。

これからも楽しみにしています!
2013年11月26日 21:16
 りわさん、はじめまして。とてもうれしいコメントありがとうございます。
 このコメントを読んだだけで、りわさんのセンスの良さが伺えます。大丈夫、明日には私を超えてしまうでしょう。
 小路さんはいいですよねぇ。いいんだよねぇ。どこがどうって言えないところがすごいんだよねぇ(私の言葉足らずのところがあるのですが)。
 もしレビューを始められたらお知らせください。すぐにお邪魔いたしますので。
 これからもよろしくです。